武蔵野貨物は浦和のどこを通っているのか 航空写真編
前回はこちら
前回は武蔵野貨物線がどこの地下を走っているのか、散歩しながら推測しました。
今回は違うアプローチで貨物線を探ってみようと思います。
空中写真
国土地理院は今までに撮影した空中写真を全てWeb上に公開しています。
空中写真とは航空機を用いて国土を上から撮影した画像のことで、国土地理院が定期的に全国を撮影しています。
このサービスでは、戦後に国土地理院が撮影した空中写真だけでなく、戦前・戦後に日本軍・米軍が撮影したものも閲覧できます。
そのため、場所にもよりますが1930年代あたりから、その土地の変遷を確認することができるというわけです。
空中写真から武蔵野貨物線の建設状況を見る
さて、武蔵野貨物線の建設状況を当時の空中写真から追ってみましょう。比較的浅いトンネルなので、場所によっては地表でも工事をしている可能性があります。
線形な工事部分が見られれば、線路がどこを走っているのか確認することができます。
Wikipediaには、武蔵野貨物線の西浦和~与野間は1973年の開通との記述があります()。
その周辺から見てみることにします。
1964年
1964年には着工もまだのようで、武蔵野貨物線の影も見つかりません(黄色ハイライトが現在の線路位置)。
もちろんこの時点では、埼京線(1985年開業)も存在していません。
1967年
1967年には若干工事が始まっているようで、一部の線形が見えます。
現在の老人ホームとマンションの部分では開削が行われているようです。やはり建物の間をトンネルが通っています。
1969年
この年が一番わかりやすいです。工事を行っている地点は白くなっています。
1967年に見えていたような開削による工事は一部のみのようです。
現在のトンネル入り口付近と埼玉大学周辺(現在の北浦和公園)は地表の見た目が変わらないので地下を頑張って掘ったのだと思います。
これだと北浦和公園のどの位置を線路が通っているかはわからないですね……
工事箇所の北端は緑道と交差しています。この地点は、以前散歩したときに発見した謎の建築物の存在する位置と一致します。
確定とはなりませんが、あれが何らか関連する施設である可能性は高そうです。
1972年
例の白い壁ができました。
1975年
開業が1973年なので、この時点ではすでに開業しています。あとは今の衛星写真と比べてもあまり変わらないですね。
おわり
ということで、空中写真から武蔵野貨物線の位置を確認してきました。先人のまちづくりが現在につながっているということが実感できますね。ありがとうございました。
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